東京地方裁判所 平成2年(ワ)9213号 判決 1993年8月31日
原告
白井麗子
右訴訟代理人弁護士
廣田富男
同
倉科直文
被告
葺手ビル株式会社
右代表者代表取締役
田中雄平
右訴訟代理人弁護士
梅澤和雄
同
前川渡
被告
明和企画株式会社
右代表者代表取締役
鶴岡邦雄
被告
田中弘
被告明和企画株式会社及び同田中弘訴訟代理人弁護士
井口寛二
同
土屋徳美
被告ら補助参加人
白井凡平
右訴訟代理人弁護士
堀口嘉平太
主文
一 被告葺手ビル株式会社は、別紙物件目録(一)記載の建物について東京法務局文京出張所平成二年四月二日受付第六四二五号の所有権移転登記を別紙更正登記目録一記載のように更正登記手続をせよ。
二 被告明和企画株式会社は、別紙物件目録(二)ないし(六)記載の各土地について千葉地方法務局市原出張所平成二年六月二六日受付第二三〇二五号の各所有権移転登記を別紙更正登記目録二記載のように更正登記手続をせよ。
三 被告田中弘は、別紙物件目録(二)ないし(六)記載の各土地について千葉地方法務局市原出張所平成二年六月二六日受付第二三〇二六号の各所有権移転請求権の仮登記を別紙更正登記目録三の1記載のように、同出張所平成三年一二月一八日受付第四〇四七七号の各所有権移転登記を別紙更正登記目録三の2記載のように各更正登記手続をせよ。
四 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一原告の本訴請求
1 被告葺手ビル株式会社(以下「被告葺手」という。)は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物について東京法務局文京出張所平成二年四月二日受付第六四二五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2 被告明和企画株式会社(以下「被告明和」という。)は、原告に対し、同目録(二)ないし(六)記載の各土地について千葉地方法務局市原出張所平成二年六月二六日受付第二三〇二五号の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 被告田中弘(以下「被告田中」という。)は、原告に対し、同目録(二)ないし(六)記載の各土地について千葉地方法務局市原出張所平成二年六月二六日受付第二三〇二六号の各所有権移転請求権仮登記及び同出張所平成三年一二月一八日受付第四〇四七七号の各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二被告葺手、被告ら補助参加人の本案前の答弁
本件訴えを却下する。
第二事案の概要
本訴は、亡白井新平(以下「新平」という。)の妻であった原告が、新平の後記第二遺言により別紙物件目録(一)の建物(以下「本件建物」という。)及び(二)ないし(六)記載の土地(以下「本件土地」といい、本件建物と本件土地を併せて「本件各不動産」という。)について、四分の一の相続分を取得したにもかかわらず、新平の子である被告ら補助参加人が、民法一〇一三条に反して、遺言執行者に無断で自らに所有権移転登記を経由したうえ、被告葺手に本件建物を、被告明和に本件土地を売り渡したことを理由として、現在、本件建物及び本件土地に所有権移転登記ないしは所有権移転請求権仮登記を経由している被告らに、その抹消登記手続を求める訴訟である。
一当事者間に争いがない事実等(証拠によって認定した点については、括弧内に認定に用いた証拠を挙示する。)
1 新平は、もと本件建物及び本件土地を所有していた(被告明和及び被告田中につき、<書証番号略>及び弁論の全趣旨)。
2(一) 新平は、昭和五〇年四月四日付け公正証書遺言(以下「第一遺言」という。)において、本件建物及び本件土地を含む新平の遺産全部を被告ら補助参加人に相続させることを骨子とする遺言をした。
(二) 新平は、昭和六三年九月一四日付け公正証書遺言(以下「第二遺言」という。)において、次のとおり、遺言をした(被告明和及び被告田中につき、<書証番号略>)。
(1) 新平は、別紙物件目録(七)記載の土地(以下「六本木の土地」という。)を原告に相続させる(一条)。
(2) 六本木の土地を除く新平の遺産(以下「その余の遺産」という。)について、新平の妻である原告は、別途に指定相続分四分の一の割合で分割協議に参加し得るものとする(二条)。
(3) 遺言執行者として五藤昭雄弁護士(以下「五藤弁護士」という。)を指定する。
(三) 新平は、同月二五日、死亡した(被告明和及び被告田中につき、<書証番号略>)。
原告は、新平の妻であり、被告ら補助参加人は、新平と先妻の間の子である。
3 その後、本件遺言についての遺言執行者として、東京家庭裁判所において、弁護士松浦登志雄(以下「松浦弁護士」という。)が、平成元年三月一八日、選任され、直ちに就職した(被告明和及び被告田中につき、<書証番号略>及び弁論の全趣旨)。
4 被告ら補助参加人は、松浦弁護士の行為を経ず、本件各不動産について、被告ら補助参加人名義に所有権移転登記をそれぞれ行ったうえ、
(一) 被告ら補助参加人は、被告葺手に対し、平成二年四月二日、本件建物を売り渡し、
(二) 被告ら補助参加人は、被告明和に対し、平成二年六月二三日、本件土地を二億八二二六万三四〇〇円で売り渡した。
5(一) 本件建物について、
(1) 被告ら補助参加人に対する東京法務局文京出張所平成二年二月二七日受付第三五六四号の所有権移転登記(以下「被告ら補助参加人建物登記」という。)
(2) 被告葺手ビルに対する同出張所同年四月二日受付第六四二五号の所有権移転登記(以下「本件登記(一)」という。)
が各されている。
(二) 本件土地について、
(1) 被告ら補助参加人に対する千葉地方法務局市原出張所平成二年三月七日受付第七八四二号の各所有権移転登記(以下「被告ら補助参加人土地登記」という。)
(2) 被告明和に対する同出張所同年六月二六日受付第二三〇二五号の各所有権移転登記(以下「本件登記(二)」という。)
(3) 被告田中に対する同出張所同日受付第二三〇二六号の各所有権移転請求権仮登記(以下「本件登記(三)」という。)
(4) 被告田中に対する同出張所平成三年一二月一八日受付第四〇四七七号の各所有権移転登記(以下「本件登記(四)」という。なお、本件登記(一)ないし本件登記(四)について、複数を呼称するときは、「本件登記(一)及び(二)」、「本件登記(一)ないし(四)」などという。)
が各されている。
6 被告ら補助参加人は、原告を相手方として第二遺言の無効確認訴訟(東京地方裁判所平成二年(ワ)第二七二六号遺言無効確認等請求事件)を提起したが、第二遺言は有効に成立したものとして被告ら補助参加人の請求は棄却され、同判決に対する不服申立は控訴棄却、上告棄却となり確定した(<書証番号略>)。
二被告葺手及び被告ら補助参加人の本案前の主張
原告は、本件遺言について遺言執行者が選任されているにもかかわらず、被告ら補助参加人が、これに無断で、被告ら補助参加人建物登記、被告ら補助参加人土地登記をそれぞれ行い、被告葺手に対し、平成二年四月二日、本件建物を、被告明和に対し、同年六月二三日、本件土地をそれぞれ売り渡したものであるところ、右各売渡行為は、民法一〇一三条に違反し、無効であるとするが、仮に、原告主張のとおり、本件において民法一〇一三条が適用されるべきものであるとすれば、遺言執行者に新平の遺産に関する財産管理権限があることになり、原告は、本訴における当事者適格を欠き、したがって、本訴は訴訟要件を欠く不適法なものである。
三本案についての争点
本件における主たる争点は、第二遺言が有効に成立したか否か、その意味・効力、第一遺言との抵触関係、本件各不動産の被告ら補助参加人から被告らへの売買は民法一〇一三条に違反するかであり(右売買が民法一〇一三条に違反する場合に、原告は原告適格を有するか否かが本案前の主張の争点である。)、また、被告ら補助参加人は原告の請求は権利濫用に当たると主張している。
1 第二遺言の有効性と意味・効力
(一) 原告
(1) 第二遺言は、有効である。
(2) 第二遺言二条は、六本木の土地を除く新平のその余の遺産全部について、原告が四分の一の割合で相続する旨の相続分の指定をしたものであり、その効力発生によって、原告は、本件建物及び本件土地を含むその余の遺産について、当然に、四分の一の割合で共有持分を相続して取得した。
同条項の遺産分割に「参加することができる。」との文言は、原告が共同相続人であることを否定するものではなく、原告が指定相続分四分の一の割合で遺産分割の当事者となるとの趣旨である。
(二) 被告葺手
(1) 第二遺言は、無効である。
(2) 仮に第二遺言が有効であったとしても、同二条は、その文言からして、相続分の指定をしたものではなく、遺産分割協議成立前においては、原告は、本件土地について何ら権利を取得しておらず、原告が参加して遺産分割協議がされたとしても、その結果、原告が本件土地について四分の一の割合による共有持分を取得できるかどうかは不確定であるうえ、遺産分割協議が成立しないときは、新平のその余の遺産について原告の権利がどうなるかが明らかでない。
したがって、第二遺言二条によっては、遺言が効力を生じたと同時に原告が本件土地について四分の一の割合による共有持分を取得したとはいえない。
(三) 被告明和、被告田中
(1) 第二遺言は、無効である。
(2) 第二遺言二条は、①六本木の土地を含む新平の遺産全体又は②新平のその余の遺産いずれを対象としたものであるかが明らかでない。
指定相続分とは、被相続人が遺言で指定した全遺産に対する割合的数値を示すものであるから、右①の考え方を採るべきであるところ、六本木の土地の価額が遺産全体の価額中どの割合を占めるか不明であり、原告が本件土地に関してどの割合で権利を有するか確定することができないし、四分の一の割合を超えるときは、原告は、その余の遺産について何ら権利を主張できないはずである。また、右②によるときは、それが他の相続人に及ぼす影響が大きいことからして、その旨が特に明記されていることを要すると解すべきところ、第二遺言二条は、六本木の土地を除くその余の遺産について、「別途に」四分の一の割合で遺産分割に「参加することができる。」と定められており、「別途に」が一条の六本木の土地とは別途に四分の一の相続分を指定した趣旨か否かが判然とせず、右条項によっては、原告が、六本木の土地を除くその余の遺産について四分の一の共有持分を取得したと解釈することはできない。
さらに、同条の文言は、遺産分割協議に「参加しうる」とだけ記載されており、原告に対して具体的権利を付与したものであるか不明であり、原告が、具体的にいかなる権利の割合を有するかは遺産分割を経なければ判明しないところ、まだ遺産分割がされていないから、右条項によっては、相続分の指定として原告が具体的な権利を取得したと解することはできない。
したがって、第二遺言二条は、無意味であるか又は単に相続人間で任意の話合いをすることを希望する旨を表明した条項にすぎない。
よって、第二遺言二条によって、原告が本件土地について四分の一の割合による共有持分を取得したとはいえない。
(四) 被告ら補助参加人
(1) 第二遺言は、①遺言当時、新平が遺言をするに足る精神能力、判断力及び口述能力を欠いていたこと、②新平による適法な口述がなかったこと及び③内容が不明確であり、新平の真意を把握し難いことからして、無効である。
(a) 遺言当時の新平の状況等
ア 新平は、昭和六三年五月、東京日立病院において、胃癌と診断され、同年六月八日ころ、虎の門病院に転院したが、リンパ腺に癌が転移し、既に手術不可能な末期症状を呈し、左側胸水は肺に転移していた。
イ 同月二七日、癌の告知を受けた後は、精神力が衰え、ほとんど口をきかない状態となり、第二遺言をした前日の同年九月一三日には、左肺炎、全身衰弱著明、喀痰自己排出困難、呼吸困難等と診断され、死ぬ寸前の状況となった。
ウ 第二遺言作成時の同月一四日は、意識はあったが、遺言をするだけの判断力、精神能力、発語能力・口述能力はなく、長時間の話は不可能であった。
エ 原告は、新平の右状態を利用し、次のとおり、五島弁護士及び公証人石川義夫(以下「石川公証人」という。)を間に立てて形式を整え、新平の意思に沿わない第二遺言書を作成させたものである。
すなわち、新平は、次の(ア)ないし(ウ)の各事実からして、被告ら補助参加人及び被告ら補助参加人代理人弁護士に相談なくして、第二遺言をするはずがない。
(ア) 新平は、第一遺言当時、当時の妻フサと離婚紛争中であり、原告との間に子誠也が出生していたが、財産の全てを被告ら補助参加人に相続させる旨の第一遺言をしたこと、
(イ) 新平は、昭和五五年三月一三日、フサと離婚し、原告と婚姻したが、第一遺言は変更せず、昭和六一年ころ、原告が六本木の土地を原告名義に移転登記することを求めた際は、これを拒絶していたこと、
(ウ) 新平は、被告ら補助参加人及び被告ら補助参加人代理人を信頼し、長年財産の処理等を相談していたところ、入院後の昭和六三年七月中に、被告ら補助参加人が、原告には四分の一の遺留分があるため、第一遺言を訂正しなくとも、原告の希望に応じて遺留分の範囲内で、六本木の土地を取得させることも可能である旨言うと、第一遺言を変更しないことで納得していたこと。
オ 第一遺言及び第二遺言をしようとした新平の意思は、一切の財産を被告ら補助参加人のものとし、これに負債をすべて整理させ、残余財産について遺留分減殺請求権の認められる範囲で原告に分配することとし、新平は、六本木の土地は、原告の遺留分の範囲に含まれるとして原告を説得したが、原告が納得しないため、確認のため、第二遺言一条において、六本木の土地を原告に相続させる旨及び同二条において、六本木の土地を含めて、遺留分相当の四分の一として、原告の相続分を指定したものである。
しかるに、五藤弁護士と石川公証人は、原告から、新平が遺言する意思であること及びその内容を聞かされ、原告の言辞に沿った遺言書案を用意して新平の面前で読み上げ、精神能力、口述能力を欠いていた新平が、積極的に反対の意思表示をしなかったというだけで、新平による適法な口述がないのに、第二遺言が新平の意思に沿うものと判断して、第二遺言書を作成したものである。
第二遺言が、新平の意思に基づかないものであることは、第一遺言との関係に言及していないことからも明らかである。
(b) 第二遺言の内容について
ア 第二遺言一条の「相続させる」について、遺贈又は遺産分割方法の指定のいずれを意味するかが明らかでない。
イ 第二遺言二条は、次の点で不明確である。
(ア) 原告が遺産分割協議に参加し得るとされているが、第二遺言の際、当時の新平の妻フサの子白井透らに対する推定相続人廃除の審判事件が係属していたのであるから、右分割協議をすべき者の範囲が明らかでない。
(イ) 分割協議に参加し得るとの文言は、具体的な権利性を付与するものではない。
遺言で個別の遺産の帰属に触れず、相続分を指定した場合、分割協議をしなければ、遺産の帰属が決定しないことは当然であるから、「得る」というのは無意味となり、その意味が明らかでない。
(ウ) 指定相続分四分の一に本件土地が含まれるか否かが明らかでない。新平の生前の状況に照らし、本件建物及び本件土地を含む全体財産について遺留分四分の一以上を超える分を原告に与える趣旨であるとすることは、新平の真意ではない。前記のとおり、新平は、生前、原告には四分の一の遺留分があり、六本木の土地はこれに含まれるものであると常々述べており、遺留分の範囲内で六本木の土地を原告に取得させればよいと考えていたのであるから、新平の真意は、六本木の土地が全遺産の四分の一に満たない場合は、それに満つるまで遺産分割協議に参加し得るものとする趣旨であったが、右趣旨が明らかにされているとはいえない。
(エ) 第二遺言三条では、遺言執行者が指定されているが、第二遺言に執行者は不要である上、第一遺言の執行者との関係も明らかでなく、新平の真意が不明である。
(2) 仮に、第二遺言全体が無効ではないとしても、次の理由からして、同二条の文言から、当然には、本件各不動産について、原告が四分の一の割合による共有持分を取得したとの結論は出ない。
(a) 第一遺言には推定相続人廃除の条項があり、青木きよみ、白井透、白井民平及び白井哲について、推定相続人廃除の審判が係属しているところ、右条項は第二遺言においても撤回されてはおらず、この点に鑑みると、「他の相続人」とはだれを指すかが不明確である。
(b) 「分割協議に参加し得るものとする。」との文言は、もともと分割協議に参加することができない者について、この者が新たに参加することができる可能性を示したものであり、権利性を付与したものではない。
(c) だれと分割協議をするかについても、明確にされていない。
(d) 第二条が、相続分の指定をしたものであるかは明確ではないが、仮にそうでないとしても、新平の遺産全体について、原告の持分を四分の一とする旨の指定をしたものと解するべきである。
(e) 六本木の土地を除く新平のその余の遺産について、登記実務上、原告の持分を四分の一、被告ら補助参加人の持分を四分の三とする登記をすることはできない(法務省民事局第三課鈴木担当官の見解)。原告が登記をするには、遺産分割協議書が必要である。
そうすると、第一遺言中、第二遺言によって取り消したものとされるのは、第二遺言一条に基づく六本木の土地についてのみであり、その余の遺産については、原告が持分を取得する余地はない。
(3) 仮に、第二遺言二条が有効であるとしても、
ア 相続分の指定として、新平の死亡による遺言の効力発生によって直ちに、原告が各個別の遺産について四分の一の割合による共有持分を取得する趣旨ではなく、
イ 仮に、同条が相続分の指定の趣旨でされたとしても、相続分の指定は、遺産全体に対する分数的割合であり、一部の遺産についての相続分の指定は、法的意味を持たないと解すべきであるから、第二遺言二条は、六本木の土地を含む新平の遺産全体について、原告に対し、遺留分相当の四分の一の割合で相続分の指定をしたものである。
2 第一遺言と第二遺言との関係
(一) 原告
(1) 第二遺言は、①第二遺言二条において、原告に対してその余の遺産について四分の一の割合で相続分を与えることとし、第一遺言による被告ら補助参加人の新平の全財産についての包括承継を否定していること及び②第二遺言第一条においては、六本木の土地を原告に対し相続させることとされていることにおいて、第一遺言と抵触する。
また、③第一遺言では遺言執行者として被告ら補助参加人及び弁護士堀口嘉平太(以下「堀口弁護士」という。)が指定されていたところ、第二遺言第三条では、これを五藤弁護士に変更していること、④第一遺言の際は、新平は、前妻白井フサとの間で離婚に関する問題があったが、昭和五五年三月一三日、フサと離婚し、同月三一日、原告と再婚したものであるところ、第二遺言は、原告と再婚し、また、既に認知していた白井誠也が嫡出子としての身分を取得した後にされたものであり、新平の親族関係は、第一遺言の際と大幅に変わっていたことを併せ考えると、新平は、右事情の変化に応じ、原告やその余の相続人に適当な範囲、内容の相続分を確保することを目的として、第一遺言を全面的に撤回するとの意思で第二遺言をしたものである。
(2) 被告らは、第一遺言が有効であり、その一条によって、被告ら補助参加人に対し、遺言の効力が発生したと同時に当然に権利の移転が生じていること、したがって、また、一条に関して遺言執行の余地がないから、民法一〇一三条の適用はないと主張するが、以下の点において、失当である。
ア そもそも、前記のとおり、第一遺言が全面的に撤回されたと見るべきである。
イ 遺言書において、遺産の一部である特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の記載がある場合、遺言者の意思に合致するものとして、当該遺産を、当該相続人に帰属させる遺産の一部分割がされたのと同様の遺産の承継関係を生じさせるものであり、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡のときに、直ちに当該遺産が、当該相続人の相続により承継されるとされている(最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁。以下「別件最高裁判決」という。)が、その理由は、「相続させる」という文言は、特定の財産を「遺贈する」旨の文言の場合と異なり、登記手続を単独で申請することができる便宜及び登録免許税が軽減される利点があることから、公正証書において多用されるようになったものであり、その実質は、遺産分割協議を経る必要のない特定遺贈と同じ効果を目的とするものであるところ、対象となる個別の財産が特定されている場合は、右文言から、直ちに当該相続人に承継させることとしても、その相続手続の公正と円滑や他の相続人の権利を害する可能性が全くないことにある。
しかるに、仮に、第一遺言が全面的に撤回されたものではないとしても、第一遺言においては、財産を特定せずに包括的に遺産を被告ら補助参加人に相続させるとされており、右理は妥当しない。
ウ 仮に、第一遺言が第二遺言と抵触する範囲において失効するとしても、第二遺言二条によって、原告が本件各不動産について四分の一の共有持分を取得することになるのであるから、(特定の)遺産を特定の相続人に単独相続させるとの被相続人の意思は存せず、やはり右イの理は妥当しない。
(二) 被告葺手
(1) 別件最高裁判決が示すとおり、遺言における特定の財産を特定の相続人に「相続させる」との文言は、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではなく、民法九〇八条の遺産の分割方法を定めたものであり、当該遺産の承継については、当該遺言において、相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情がない限り、何らの行為を要せず、被相続人が死亡し、遺言の効力が生じた時に直ちに当該遺産が当該相続人に承継され、遺産分割の調停、審判を経る余地はないと解すべきであり、登記実務上も、「相続させる」旨の遺言書によって、当該相続人の単独申請により、相続を登記原因とする所有権移転登記をすることが認められている。
そして、遺言で全遺産を一人の相続人に相続させる場合に、遺産を包括的に記載するか、特定して個別的に記載するかは、単なる記載方法の問題にすぎず、両場合で法律効果を異にすべき理由はなく、右理は、被告ら補助参加人に対して新平の遺産全部を「相続させる」との文言がある第一遺言一条についても妥当すると解すべきである。
したがって、第一遺言一条は、その実現について格別の執行や遺産分割の手続を要せず、これについて遺言執行者は権限を有せず、第一遺言一条によって被告ら補助参加人は、新平の遺産全部を相続して取得したものである。
(2) 第二遺言について
仮に第二遺言が有効であったとしても、
ア 第二遺言一条によって、原告は、六本木の土地を承継し、これについて遺言の執行を要しない。
イ 第二遺言において、第一遺言を撤回する旨の意思表示は表明されていないこと及び第二遺言は、第一遺言後に推定相続人となった原告の特殊事情を考慮し、その相続権の範囲について定めたにすぎないことからして、両遺言は、六本木の土地に関する部分についてのみ抵触し、その限度で第一遺言が撤回されたものとみなされるにすぎず、その結果、新平の遺産のうち、六本木の土地は、原告が相続し、その余の遺産全部を被告ら補助参加人が相続することになると解すべきである。
そして、これらについて、遺言の執行は不要であり、民法一〇一三条に違反するか否かの問題は生じない。
ウ 第二遺言二条は、原告が遺産分割協議に参加することのみを認めるものであり、遺産分割協議が成立する前は、原告は、本件土地について権利を取得しておらず、右協議が整わなければ、四分の一の割合の共有持分を取得することはない。
仮に、遺産分割協議によって、本件土地について四分の一の割合による共有持分を取得することができたとしても、残り四分の三の共有持分は、被告ら補助参加人が取得することとなり、本件土地について、原告の被告葺手に対する所有権移転登記の全部抹消登記手続請求は認められず、更正登記手続請求しか認められない。
しかも、原告が取得した共有持分は、遺産分割協議によって取得することができるか不確定なものであるから、かかる共有持分に基づく更正登記手続を認めることは妥当でない。
(三) 被告明和、被告田中
(1) 第一遺言について
別件最高裁判決が示すとおり、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」との文言が使用されている場合、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではなく、民法九〇八条の遺産の分割方法を定めたものであり、当該遺産の承継については、当該遺言において、相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情がない限り、何らの行為を要せず、被相続人が死亡し、遺言の効力が生じた時に直ちに当該遺産が当該相続人に承継され、遺産分割の調停、審判を経る余地はないと解すべきであるところ、その理由は、遺言者の意思は、各般の事情を配慮して、当該遺産を、当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなく、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが、当然の合理的な意思解釈であることにある。
登記実務上も、「相続させる」旨の遺言書によって、当該相続人の単独申請により、相続を登記原因とする所有権移転登記をすることが認められている。
右理は、特定の遺産を「相続させる」遺言がされた場合だけでなく、遺言者の遺産全部を特定の相続人に「相続させる」という遺言がされた場合にも同様にあてはまる。
したがって、第一遺言一条は、新平の遺産全部を被告ら補助参加人に「相続させる」とされているところ、その実現について格別の執行や遺産分割の手続を要せず、これについて遺言執行の余地はなく、遺言執行者は権限を有しない。
とすれば、被告ら補助参加人は、これを処分することについて制限を受けず、被告ら補助参加人によってされた本件土地に対する各相続登記についても、遺言執行者による執行の観念を入れる余地はなく、本件建物について自己名義の登記をし、被告葺手に売却処分をしたことは、いずれも有効であり、民法一〇一三条に反しない。
(2) 第二遺言について
(a) 第二遺言一条は、六本木の土地を原告に「相続させる」と記載されており、右条項によって、原告は、遺産分割等の行為を要せずして、新平の死亡と同時に、右土地を承継取得した。
(b) 第二遺言において、第一遺言を撤回する旨の意思表示は表明されていないこと及び前記のとおり、第二遺言二条の解釈上、新平のその余の遺産について原告が具体的に四分の一の割合による共有持分を取得したとは認められない。
したがって、第二遺言二条が第一遺言と抵触するとはいえず、第一遺言と抵触するのは、第二遺言一条の六本木の土地に関する部分のみであり、その限度で第一遺言が撤回されたものとみなされるにすぎない。
したがって、原告は、本件土地について共有持分を取得しておらず、右持分に基づく本訴請求はいずれも棄却されるべきである。
(c) 仮に、第二遺言二条が相続分の指定であったとしても、相続分の指定は、遺言の効力発生と同時に何らの執行を要せずして実現させるものであるから、遺言執行の観念を入れる余地はなく、遺言執行を前提とする民法一〇一三条違反を問題とする余地はない。
また、原告は本件土地について四分の一の割合による共有持分を取得したにすぎず、原告の被告明和に対する各所有権移転登記並びに被告田中に対する各所有権移転請求権仮登記及び所有権移転登記の全部抹消登記手続を求めることはできない。
(四) 被告ら補助参加人
(1) 原告は、第二遺言によって第一遺言が全面的に撤回されたと主張するが、①新平が、面識がなかった五藤弁護士に対して全遺産について遺言執行を依頼したと見るべき事情は見い出し得ないこと、②五藤弁護士は、第二遺言当時、新平の全遺産の概要を知らなかったこと、③仮に、第一遺言において遺言執行者に指定された堀口弁護士が変更されたとしても、同遺言における被告ら補助参加人に対する遺言執行者の指定が残っていること及び④第一遺言を撤回する旨の意思表示やこれに相当する特段の事情は存しないことからして、失当である。
(2) したがって、仮に、第二遺言が有効であるとした場合、次のとおり、解すべきである。
ア 第一遺言は、第二遺言一条と抵触する。
イ 仮に、同二条が、原告主張のとおり相続分を指定したものであるとしても、新平は、従前、六本木の土地は遺留分四分の一に含まれると考えていたものであり、これを第二遺言の形で単に文書化したものにすぎず、第二遺言は、実質的に第一遺言を撤回したものではなく、第一遺言との関係において抵触の問題を生じない。
また、仮に、第二遺言二条が、相続分の指定であるとした場合、その範囲で抵触を生じ、四分の三が被告ら補助参加人の相続分となる。
3 遺言執行者の権限に関する当事者及び被告ら補助参加人の主張
(一) 原告
(1) 遺言において遺言執行者が指定されている場合は、遺言執行者だけが相続財産を処分することができると解すべきであるところ、本件において、松浦弁護士が遺言執行者に選任され、就職し、その職務を行っているにもかかわらず、被告ら補助参加人は、本件各不動産を処分したものであり、右処分は、次の理由から、いずれも民法一〇一三条に違反し無効である。
ア ①第一遺言が全面的に撤回された場合は、もちろん、仮に、第一遺言が全面的に撤回されていないとしても、第二遺言二条がある以上、同条によって、六本木の土地を除く遺産(本件物件を含む。)についての被告ら補助参加人の単独承継は否定され、本件物件は、被告ら補助参加人が四分の三、原告が四分の一の共有持分の割合で承継したものであり、別段の遺産分割協議の結果によっては、各物件のそれぞれについて、右と異なる割合又は方法による遺産分割も生じ得ること、②第一遺言の場合は、遺産の範囲が、遺言文言からは不明確であり、その確定のための調査や、さらに必要な場合には争訟手続による遺産範囲の確定を得る必要があること、③引渡し、登記手続等の問題も存在すること及び④第一遺言による相続人廃除に起因する相続人廃除の審判の係属、河野一なる新たなる相続人の出現など、遺産の共同相続人たるべき者の範囲も確定しておらず、不確定部分を確定する必要があることから、遺言執行の必要が現実に存し、その執行を有効に行うため、これらの共有財産を管理し、相続人の一部によって勝手に処分されることがないようにする必要があり、かような権利関係にある相続財産について、遺言者が第二遺言三条において、遺言執行者を選任した以上は、その財産について、右遺産の範囲が調査により確定し、相続人間の遺産分割協議が成立し若しくは個別の遺産の処分について相続人間の合意が成立するまでの間は、関係相続人による財産の勝手な処分は制限され、遺言執行者の管理に委ねられるとするのが遺言者の意思の当然の解釈であり、これら共有財産については、遺言執行者が、遺言の執行に必要な「相続財産の管理」(民法一〇一二条)をする権限を有すると解すべきである。
イ 民法一〇一三条の趣旨は、実体法上の承継の効果の問題とは別に、遺言執行の公正及び円滑な遂行を担保することにあること並びに相続人等が複数である場合に、そのうちの処分者以外の者の保護を図ることにあるところ、前記のとおり、遺言執行が必要な状況において、遺言執行者が指定選任され、複数相続人のうちの一人によって遺産が処分された本件にも、右趣旨が妥当するから、民法一〇一三条が適用される。
(2) 別件最高裁判決は、一つしかない遺言において、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」との遺言がされた場合の事例であり、本件のごとく、新たな第二遺言によって従前の第一遺言が遺言の全部又は一部が撤回された事例には妥当しないし、仮に、第一遺言が第二遺言と抵触する範囲において効力を失うにすぎないとしても、第二遺言二条によって、本件物件について原告に四分の一の相続持分が与えられており、遺産分割方法によって別途の分割方法が定められない限り、原告が共有持分四分の一を取得しているから、別件最高裁判決が前提とする、特定の遺産を特定の相続人に単独相続させるとの被相続人の最終意思は存在しないことも前示のとおりである。
そして、第一遺言が全面的に撤回されたものではないとしても、前記のとおり、第二遺言の文言によっては明らかでない遺産の範囲の調査、確定を経る必要上、遺言執行者に遺産の管理処分権を認めるべきことからして、そのまま右判決の考え方を適用することはできないし、右判例は、「相続させる」遺言によって特定の財産を相続させる場合は、これによる承継について遺産分割協議又は審判を経る余地はなく、当然に承継の効果が実体法上生じているとしているにすぎず、遺言執行者が指定されている場合に、遺言執行者がいても何ら管理処分権がなく、当該財産について、執行の観念を入れる余地がない、あるいは相続人が任意に処分することができるということを認めたものではない。
むしろ、遺贈は、相続開始と同時に、受遺者に承継の効力が生じ、これについて、遺産分割協議や審判を経る必要はなく、この点で、「相続させる」遺言による承継の場合と同様であるが、特定の相続人に遺贈されていた遺産について、遺言執行者があるにもかかわらず、相続人が勝手にした右遺産の処分は、民法一〇一三条に違反し、無効であるとされている(最高裁一小昭和六二年四月二三日民集四一巻三号四七四頁)ように、遺言の効力が生じたと同時に、特定の遺産が、特定の相続人に実体法上承継されるか否かということと、遺言執行者がある場合に、相続人において右遺産を自由に処分することができるか否かということとは別問題であり、本件においても、実体法上の効果とは別に、遺言執行(遺産の調査、引渡し、登記手続等)の必要が存在すること及び民法一〇一三条の趣旨は、相続人に対する実体法上の効果とは別に、遺産の承継手続の構成と円滑な遂行を担保することにあることはいずれも前記のとおりである。
また、全財産を相続人の一人に包括遺贈する旨の遺言が存する場合において、遺言執行者が指定されている場合は、当該相続人がした遺産の売却は、遺言執行を妨げる行為であり、無効であると解される(名古屋高裁判決昭和五八年一一月二一日判例時報一一〇七号八〇頁)が、右は、前記のとおりの遺言執行の公正及び円滑な遂行を担保し、相続人等が複数である場合に、そのうちの処分者以外の者の保護を図るとの民法一〇一三条の趣旨に基づくものである。
そして、本件は、第一遺言及び第二遺言の双方の関係並びに効力が慎重に検討され、執行されるべきものであるところ、被告ら補助参加人による処分行為は、遺言執行の公正及び円滑な進行を妨げる行為であり、かつ、被告ら補助参加人と原告とが複数の相続人としてかかわる遺産を被告ら補助参加人が勝手に処分した事案であるから、右と同様である。
(3) 被告らは、第二遺言一条によって原告に相続させるとされた六本木の土地を除く全遺産について、遺言者の死亡の時に直ちに被告ら補助参加人に相続によって承継されたとし、その承継について、遺言執行者による執行の観念を入れる余地はないから、本件物件についての被告ら補助参加人名義の所有権移転登記及び被告らへの売却行為について、民法一〇一三条違反はないと主張するが、第一遺言は、第二遺言によって全面的に撤回され、無効となったものであるから、被告らの主張はその前提を欠くほか、右(1)ないし(3)の点に照らし、失当である。
(二) 被告葺手
(1) 第一遺言について
前記のとおり、別件最高裁判決及び登記実務からして、第一遺言一条は、その実現について格別の執行や遺産分割の手続を要せず、これについて遺言執行者は権限を有しないから、第一遺言一条によって新平の遺産全部を相続した被告ら補助参加人は、これを処分することについて制限を受けず、本件建物について自己名義の登記をし、被告葺手に売却処分をしたことは、いずれも有効であり、民法一〇一三条に反しない。
(2) 第二遺言について
ア 第二遺言一条によって、原告は、六本木の土地について当然に承継取得し、遺言執行の余地はない。
また、同二条は、原告が遺産分割に参加する権利を認めたにすぎず、仮に原告主張のとおり、同二条が相続分を指定したものであるとしても、相続分の指定は、遺言の効力発生と同時に当然に実現されるものであるから、やはり執行の必要はない。
したがって、いずれにしても、第二遺言は、遺言執行者による執行の必要はない。
イ なお、遺贈の場合には、対象不動産の登記申請は、包括、特定いずれの場合も、受遺者(登記権利者)及び遺言執行者又は相続人(登記義務者)の共同申請によることが必要とされ、登記義務者として遺言執行者の執行が不可欠となることから、遺言執行者がいる場合に、その関与なくしてされた処分は民法一〇一三条違反となるのに対し、別件最高裁判決は、「相続させる」旨の遺言について、遺言の効力が生じたときに直ちに当該遺産が当該相続人に承継されることを認めたものであり、遺言執行の余地はなく、このことは、登記実務上、「相続させる」旨の遺言の場合、遺言の名宛人たる相続人が、単独で「相続に因る登記」として登記できる扱いがされていることとも合致する。
(三) 被告明和、被告田中
(1) 第一遺言について
前記2の(三)のとおりの別件最高裁判決及び登記実務によれば、「相続させる」趣旨の遺言をする場合、遺言者は、諸般の事情を考慮し、当該遺産を他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとの趣旨のものと解するのが合理的な意思解釈であり、その対象が特定の財産であるか、遺産全部であるかということは量的な差異しかないことからして、右理は、遺産全部を「相続させる」との遺言がされた場合にも妥当するものであり、第一遺言一条は、その実現について執行や遺産分割の手続は不要であり、これについて遺言執行者は権限を有しない。
したがって、被告ら補助参加人は、第一遺言一条によって新平の遺産全部を相続し、これを処分することについて制限を受けず、同人がした被告ら補助参加人土地登記及び被告明和らに対する処分は、いずれも有効であり、民法一〇一三条に反しない。
(2) 第二遺言について
ア 第二遺言一条によって、原告は、六本木の土地について、当然に承継取得し、遺言執行の余地はない。
イ 第二遺言二条については、前記2(三)(2)のとおり、原告は、同条項によって本件土地について具体的な権利を取得してはおらず、新平が第一遺言に基づいてその権利を取得したものであって、遺言執行者の管理処分権を論じる余地はない。
仮に、同条が原告主張のとおり相続分の指定であるとすれば、遺言の効力発生と同時に当然に実現されるものであるから、やはり執行の必要はない。
なお、第二遺言二条による遺産分割協議の結果によっては、異なる割合、方法による遺産分割もあり得るが、遺産に関する遺言執行者の権限の範囲は、これに違反する行為の効果が無効とされることからして慎重に決すべきところ、第一、第二遺言中には、遺産の管理については何ら記載がなく、かかる場合に遺言執行者の管理権限を認めることは妥当ではなく、したがって、また、民法一〇一三条違反を問題とすべきではない。
(3) したがって、いずれにしても、第二遺言二条は、遺言執行者による執行の必要はなく、民法一〇一三条違反を問題とする余地はない。
(四) 被告ら補助参加人
民法一〇一三条は、遺言執行者に財産管理権限があることを前提とするが、以下のとおり、本件について同条の適用はなく、遺言執行者が、第一遺言及び第二遺言の相続登記に関与する余地はない。
ちなみに、六本木の土地について、原告に対する相続を原因とする所有権移転登記も、当時の遺言執行者五藤弁護士の関与なしにされた。
(1) 第一遺言
特定の財産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、民法九〇八条にいう遺産分割の方法を定めたものであると解すべきところ、
ア 同条は、特定の遺産の場合と包括的な遺産の場合とを区別していないこと、
イ 民法九六四条は、遺言の対象として遺産の全部又は一部を予定しているところ、民法九〇八条の遺言の対象をこれと別異に解すべき理由はないこと、
ウ 遺産全部は、個々の特定の財産の集まりを指すにすぎず、これと別個の権利義務の客体となるものではないこと
からして、遺産全部について「相続させる」旨の遺言がされた場合にも同様に解すべきである。
したがって、第一遺言は、新平の遺産全部を、被告ら補助参加人に相続させる趣旨の遺言であり、新平の遺産全部が新平の死亡と同時に直ちに被告ら補助参加人に承継され、遺言執行の余地はない。
(2) 第二遺言
ア 仮に、第二遺言一条が有効であるとすると、六本木の土地について抵触し、右土地は新平死亡と同時に原告が権利を取得し、遺言執行の余地はない。
イ 仮に、同二条が、原告主張のとおり相続分を指定したものであるとすれば、相続分の指定については、遺言執行の問題を生じない。
ウ 結局、第一遺言は、第二遺言一条によって、被告ら補助参加人が取得すべき遺産から六本木の土地が除かれ、第二遺言二条により、その余の遺産について、被告ら補助参加人四分の三、原告四分の一として相続分の指定がされたことになり、いずれにしても、遺言執行の問題を生じない。
(3) 松浦弁護士は、新平の遺産について管理権限のないことを自ら認めている。
4 被告ら補助参加人は、他に原告らの請求が権利濫用であると主張している。
第三判断
一第二遺言の有効性とその効力について
1 第二遺言が新平の意思に基づき、有効になされたことについて
(一) 証拠(<書証番号略>)によれば、以下の事実が認められ、右事実を覆すに足りる証拠はない(被告ら補助参加人は、<書証番号略>の成立を否認するが、前記第二の一の6のとおり、原告と被告ら補助参加人間では<書証番号略>に基づく第二遺言が有効に成立したことは既に確定している。)。
すなわち、新平は、第二遺言当時、胃癌のために虎の門病院に入院していたが、既に自己の病気が癌である旨の告知を受けていた。そして、そのころ、新平は手術不能の胃癌の末期症状を呈して全身が衰弱していたが、遺言をするだけの意思能力、判断力を有しており、弱々しいながらも、自己の意思をはっきり口述することができた。新平は、昭和六三年九月八日ころ、原告に対し、六本木の土地を原告名義にすると言ったため、原告は、幸ハナに相談して同月一四日に幸の知人の弁護士である五藤弁護士方を訪問して、新平から原告に六本木の土地の名義を変更することの相談をした。右相談を受けた五藤弁護士は、原告に遺言により土地の名義変更を行うことを勧めた。そして、五藤弁護士は、病院に戻り新平の意向を確認した原告から連絡を受けて、虎の門病院に新平を訪ね、直接、右の点についての新平の意向を確認するとともに、その余の財産についてどうするか問い質すと、同弁護士が妻の相続分は二分の一であると指摘するも、新平は原告にはその余の遺産については四分の一を相続させる旨を答えた。五藤弁護士は、右確認内容に従って、石川公証人と打ち合わせ、同公証人において遺言の条項案を用意したうえで、虎の門病院の新平の病室で新平に面接した。石川公証人は、用意した遺言の条項案を説明しながら読み上げて新平の意思を確認したが、新平は、個々の説明に対し、「分かりました。」「そのとおりです。」等と答え、全く異議を述べず、同公証人の指示に従って第二遺言を記載した公正証書に署名、押印し、立会人として、五藤弁護士と幸ハナが署名、押印して、第二遺言が作成された。
(二) 右認定事実によれば、新平は、第二遺言をなした際、公正証書遺言をするだけの意思能力、口述能力を有していたものと認められ、また、第二遺言(<書証番号略>)は、同人の意思に基づいて、適法に作成されたものと認められる。
2 第二遺言の内容的有効性について
被告らは、第二遺言は、内容、表現が不明確である等として無効であると主張する。しかしながら、
(一) 第二遺言の第一条は、六本木の土地を原告に相続させるというものであり、右条項により、新平は、六本木の土地を原告に単独で相続させる遺産分割の方法を指定したものと認められ、六本木の土地は、何らの行為を要することなく、新平死亡時に相続により原告に承継されたことになるのであって(最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁)、その内容は明確であるというべきである。
(二) 第二遺言の第二条は、新平の六本木の土地を除くその余の遺産については、原告は「別途に、指定相続分の四分の一の割合で、分割協議に参加し得るものとする。」というものであるところ、「分割協議に参加し得る」とは、分割協議の当事者となる趣旨と解されるから、右の条項の趣旨とするところは、結局、原告の相続分を法定の相続分と異なる四分の一と指定し、その分割方法は、分割協議又は審判の結果に任せる趣旨と解され、法的拘束力を有するものと解するのが相当である。
なお、被告らは、分割協議に参加すべき者の範囲が明確でないとも主張しているが、右の点は法律の規定に従って定まるから、第二遺言の中で、これを明確にしなければ、第二遺言自体を無効とするというものであるとは認められない。
(三) 第二遺言の第三条は、五藤弁護士を遺言執行者に指定する条項で内容的には極めて明確である。
なお、第二遺言について執行を要するかについては後記のとおり問題が存するが、執行の必要性のない遺言について遺言執行者を指定しても、遺言全体の無効を来すとは到底解されないし、また、第一遺言で指定されている遺言執行者との権限関係が明確になっていなくても、遺言の無効を来すとは解されない。
したがって、第二遺言には、被告らの主張するような無効の瑕疵はない。
二第一遺言と第二遺言との関係について
第一遺言(<書証番号略>)と第二遺言(<書証番号略>)を比較すると、(1)第一遺言においては、新平の全遺産を被告ら補助参加人に相続させるとしていたところ、第二遺言においては、原告に六本木の土地を相続させるとした外、六本木の土地を除くその余の新平の遺産について、原告に指定相続分四分の一で分割協議に参加し得るとしていること、(2) 第一遺言においては、被告ら補助参加人及び堀口弁護士の二名を遺言執行者に指定していたところ、第二遺言においては、五藤弁護士を遺言執行者に指定したことの二点において抵触が認められる。
第一遺言が昭和五〇年四月四日に作成され、一方、第二遺言が昭和六三年九月一四日に作成されたことは、前記第二・一2のとおりであるから、第一遺言のうち、第二遺言に抵触する部分は取り消されたものとみなされる(民法一〇二三条)。
したがって、第二遺言により、被告ら補助参加人が相続する財産から、まず六本木の土地が除かれ(右六本木の土地は原告において相続する。)、六本木の土地を除くその余の新平の遺産については、原告の相続分四分の一と指定とされたことにより、右の限度で原告が相続分を有し、その余の相続人(被告ら補助参加人のみが相続人であれば同人。以下、便宜上「被告ら補助参加人」という。)において残余の四分の三について相続分を有することとなったものである。
三遺言執行者の権限について
1 同法一〇一二条一項は、「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と定め、同法一〇一三条は、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と定めている。そして、遺言執行者によって管理される相続財産を、右一〇一三条に反して、相続人が処分した場合には、その処分行為は、単に遺言執行者に対してだけでなく、すべての人に対して無効であると解するのが相当であって、例えば、右法条に反して処分された財産の遺贈を受けた者は、その遺産の買受人等の第三者に対してもその無効を主張できると解される(最高裁判所昭和六二年四月二三日第一小法廷判決・民集四一巻三号四七四頁)。
もっとも、遺言の執行は、執行を必要とする遺言事項の存在を前提とするものであるから、遺言の執行を必要とする事項が遺言の内容となっていない場合、遺言執行者の指定は無意味であるから、当然のことながら、民法一〇一三条違反の問題を生じない。
2(一) これを第二遺言についてみるに、第二遺言の第一条は、原告に六本木の土地を相続させるという内容であるところ、一般に、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継されると解されるから(前掲最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決)、何ら特段の事情が認められない本件においては、原告は六本木の土地を被相続人である新平の死亡の時に直ちに相続により承継取得するものと解される。そして、右承継取得については、原告は、遺産分割協議がなくとも、相続を原因とする所有権移転登記の申請をすることができるとするのが登記実務の取扱であるから(昭和四七年四月一七日民甲第一四四二号法務省民事局長通達)、第一条に関する限り、遺言執行者による遺言の執行を必要としない。
(二) 次に第二遺言の第二条について検討するに、先にも判示したとおり、第二条の趣旨は、原告の相続分を法定の相続分と異なる四分の一と指定し、その分割方法は、分割協議又は審判の結果に任せる趣旨と解され、この第二条により、第一遺言の被告ら補助参加人に新平の遺産を相続させるとの趣旨の遺言は変容を受け、六本木の土地を除く新平の遺産については、四分の一限度で原告が相続分を有し、被告ら補助参加人において残余の四分の三について相続分を有することとなったものである。
そうすると、六本木の土地を除く新平の遺産については、遺言執行者の行為を要することなく、新平の死亡により、原告が持分四分の一、被告ら補助参加人が持分四分の三の共有状態となり、これによって、新平の遺言の内容が実現されたものと評価され、結局、遺言執行者が遺言を執行する余地はないと解される。そして、共有状態となった六本木の土地を除く新平の遺産については、原告と被告ら補助参加人の協議によって分割されるか、協議が整わないときは家庭裁判所の審判により分割されることになるのであって、ここにも遺言執行者の執行を要しない。
(三) 以上の次第であるから、結局、新平の遺言執行者は、新平の相続財産の管理、処分について何らの権限を有しないものと解され、したがって、本件においては民法一〇一三条違反の問題は生じないものと解される。
したがって、原告の主張中、民法一〇一三条違反をいう部分は失当であり、また、被告葺手及び被告ら補助参加人の本案前の主張も理由がない。
四被告ら補助参加人の権利濫用の主張について
被告ら補助参加人は、(1)本件売買は、新平の遺産債務の弁済のためになされたものであり、また、(2)有限会社ランチョの被告ら補助参加人らの持分上の権利を防衛するためにやむを得ずなした正当防衛行為であり、(3)原告が本件各不動産を取得する現実の必要性は遺産分割上全くないとして、原告の本訴請求は権利濫用に当たり許されないと主張する。
しかしながら、新平の債務の額については、本件全証拠によるも判然としないし、被告ら補助参加人の主張によっても、本件売買には有限会社ランチョの被告ら補助参加人らの持分上の権利を防衛するためにした側面があるというのであるから、これをもって、原告らの請求を排斥する理由とはなり得ないし、遺産分割協議の未了の段階において、原告が本件各不動産を取得する現実の必要性は遺産分割上全くないと断定することは到底できないから、本訴が権利濫用に当たるとの被告ら補助参加人の主張は理由がない。
第四結論
以上の検討結果によると、原告の本訴請求は、被告ら補助参加人が自らの相続持分を超えて、原告の相続持分四分の一を侵害してなした処分については、これを是正する必要が認められるから、別紙更正登記目録記載のとおり、被告らの共有持分を四分の三とする更正登記手続をなす限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官深見敏正 裁判官内堀宏達は、海外出張中のため署名、押印できない。裁判長裁判官宗宮英俊)
別紙更正登記目録
一 更正後の事項
目的 所有権一部移転
共有者
東京都港区虎ノ門四丁目壱番壱参号
持分四分の参 葺手ビル株式会社
二 更正後の事項
目的 所有権一部移転
共有者
東京都千代田区神田東松下町四八番地
持分四分の参 明和企画株式会社
三1 更正後の事項
目的 所有権一部移転請求権仮登記
共有者
東京都新宿区大京町弐壱番地
持分四分の参 田中弘
2 更正後の事項
目的 所有権一部移転
共有者
東京都新宿区大京町弐壱番地
持分四分の参 田中弘
別紙物件目録
(一) 所在 東京都文京区後楽二丁目八九番地一
家屋番号 同町八九番一の六
種類 工場 事務所
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根四階建
床面積
一階 95.45平方メートル
二階 95.45平方メートル
三階 95.45平方メートル
四階 95.45平方メートル
(二) 所在 千葉県市原市大作字宮ノ台
地番 三一三番
地目 山林
地積 四〇二三平方メートル
(三) 所在 千葉県市原市大作字宮ノ台
地番 三一四番
地目 山林
地積 四九三五平方メートル
(四) 所在 千葉県市原市大作字宮ノ台
地番 三一五番
地目 山林
地積 六八一三平方メートル(内墓地二三八平方メートル)
(五) 所在 千葉県市原市大作字宮ノ台
地番 三一六番
地目 山林
地積 五一九六平方メートル(内墓地二三一平方メートル)
(六) 所在 千葉県市原市大作字宮ノ台
地番 三一七番
地目 山林
地積 六九平方メートル